いつか見た青い影 /
A Whiter Shade of Pale
岡田菜美 個展
岡田は、アクリル絵具を何層にも重ね、削りだす行為を繰り返すという方法により、抽象と具象が入り混じ ったような独特の絵画作品を制作しています。作品には、岡田自身が訪れた場所をモチーフとした風景が描か れますが、それらはどこにも存在しない風景のように感じられる一方で、郷愁や既視感をも感じさせます。本 展出展予定の「one view」シリーズは、幾重にも重なる「まだ意味を持たない風景」と「意味を帯びた風景」 の関係性を表現しています。
2022 年の『アートフェア東京』に出展、2021 年の『VOLTA BASEL2021』や 2020 年の『VOLTA NEW YORK』等、欧米のアートフェアにも出展するなど、今後の更なる活躍が期待される作家です。
本展は、南條史生のキュレーションのもと、新作絵画12点を展示いたします。
いつか見た青い影 / A Whiter Shade of Pale
私が最初に岡田菜美の絵を見たのは、『art stage OSAKA 2022』のときである。gallery UGのブースの中央に彼女の大作「one view (No. 56)」が出品されていた。その絵は、横幅が3メートル以上あり、前に立つと、包まれるような没入感があった。私はこの絵から不思議な既視感を感じて惹きつけられた。次に岡田の作品を見る機会を得たのは、gallery UGでの個展『reflection』だった。大小多数の作品がかかっていたが、そこには一貫したスタイルが感じられた。そしてそのスタイルはある種の情緒を醸し出している。
岡田菜美の作品の主題は主に風景や自然がほとんどだが、多くの場合全体に青色が印象的で、夜の情景のように見える。月明かりや街路灯のような、独特の光と、それを受けて長く伸びる木々の青い影が印象的だ。あるいは昼間の風景でもシルエットのように描かれた木々や山々によって、印象としては夜に見える。不思議なことだが、どの風景も以前どこかで見たことがあるような気がする。どこかで見たことがあるような風景という意味では、「ノスタルジー」という言葉が思い浮かぶ。ノスタルジーは日本語だと、「郷愁」あるいは「追憶」といった言葉になるだろう。それは故郷を想う気持ち、昔を懐かしむ気持ち、かつて住んだ場所の記憶、その時の出来事への思いなどからなっている。
では岡田の作品を見て、なぜそのような郷愁を感じるのだろうか。見ている人たちが行ったことのない場所、見たことのない風景であっても、記憶の一コマのように感じる、その理由は何なのであろうか。岡田にとっても、これらの場所や風景は、現実に見たものの記録ではない。しかし岡田がそれらの風景を、しっかりと自らの体験と感じながら描くことによって、我々見るものもまたそれを自己の体験と感じ、共感することになるのだろうか。別の言い方をすると作者の確信が、観客にその対象を実在化させるのだろうか。
画面の構成をよく見てみると、そこには複雑な遠近と、二重三重の構造がある。画面の上では、しばしば手前に木の葉や枝があり、遠くの風景と遠近の強いコントラストを作り出す。そのために見る対象への迷いが生じ、終着点を求めて目が遊ぶ。主題はおおむね具象に見えるのだが、よく見ると、多数の抽象化した部分が散りばめられている。絵の具の汚れのように見える部分もあれば、フレームのような長方形が、空中に浮遊しているものもある。また明確な表現と、ボケて曖昧なそれが混在し、そこにもまたある種の「目の遊び」の感覚が仕掛けられている。絵につられて目が動くことが鑑賞体験に奥行きを作り出す。
しかし彼女の作品に最も特徴的なのは、どの作品にも感じられる青色だろう。2016年の「がらんどう」や「空き地」といった初期作品にも青は十分登場しているのだが、作品全体を覆うように青が強くなるのは、近年のことのようだ。2019年ごろの作品は既に画面全体が青色で染まっている。2021年ごろになると、ところどころにピンクが登場する。しかしピンクは青に飲み込まれて、紫色のような状態になっている。
青は歴史的には、特別な色だ。美術史を振り返ると、中世西洋では聖母マリアの衣の色であり、17世紀オランダではフェルメールの色となり、いずれにしても貴重で、高貴な色だった。近代に入るとゴッホの『星月夜』、ピカソの「青の時代」が特徴的だが、現代美術になるとイヴ・クラインのクラインブルーがある。それらの美しいブルーは多くの場合ラピスラズリの粉から作られていた。日本では藍染の藍から作られた青が一般的で、日常生活にも多く使われていた。それぞれの青の意味は一つではないが、貴重で、大事にされていたことに変わりはない。しかし現代社会では、ブルーマンデーに象徴されるように、憂鬱を意味することも多い。
では岡田が青を多用するのはなぜなのだろうか。岡田自身は風景、とくに水面に反射する空、山の影、木々の影などを描くのが好きだと答えている。それは反射であり、虚像である。すると自然に青が多くなる。大体景色の主要素である空も海も、空気も基本的には青いのだ。風景は青と共にある。そして全体が青に染まることで、それは「ここではないどこか」、記憶の中の風景に転化するのではないだろうか。青色というフレームで切り取り、夢想されるファンタジー。全体に漂うノスタルジックな情緒は誰にでも共感を持って受けとめられるものだろう。
「ここではないどこか」に対する憧れは、ロマンティシズムの主題である。ロマンティシズムは、別の世界に対しての憧れの結果、海、窓、門などを描いた。海の向こうには別の世界がある。窓の向こう側にも別な世界がある。ノスタルジーはそれが過去の記憶に結びつく。そこで人は、温かく、友愛と信頼に満ちた過去の思い出をなつかしむ。
私は本展のタイトルにプロコル・ハルムの「青い影」という日本語の曲名を援用した。それは英語では“A Whiter Shade of Pale”と記述されている。直訳すると「より白くなった青い影」という意味だが、歌詞の描く失恋の物語は英語圏の人にとっても難解らしい。いづれにしてもその曲は物悲しく切ない。70年代に世界中を席巻した名曲だ。このタイトルの英語の響きには妙な詩的魅力がある。そこで本展の英語のタイトルにした。
もっとも岡田の作品をノスタルジーや追憶だけに閉じ込めてはいけないだろう。彼女のイマジネーションはノスタルジーではなく、ファンタジーと呼ぶべきなのかもしれない。私は継続的にこのような作品を生み出す彼女の想像力に驚嘆する。短期間に多くのイメージが彼女の脳裏に浮かび上がり、それが結果として絵画に昇華する。心の内側から生まれた情景が人々に感動をもたらし共感を得る。そのときファンタジーは、空想の虚像ではなく、人々のうちの実在に変わる。ファンタジーは、現実と根底では繋がっている。岡田菜美の青色は、可能性と未来でもある。
南條史生
開催概要
展覧会名: NANJO SELECTION vol. 2 岡田菜美個展 『いつか見た青い影 / A Whiter Shade of Pale』
会期:2023年7月3日(月)― 7月29日(土) 12:00-17:00 休:日・月(7/3を除く)・祝
会場:N&A Art SITE(東京都目黒区上目黒1-11-6 / 東急東横線中目黒駅より徒歩5分)
主催:エヌ・アンド・エー株式会社
協力:gallery UG
7月3日(月) 17:00-19:00オープニングレセプション(作家在廊予定) ※12:00より開廊
岡田菜美について
昨年『art stage OSAKA』を見学していたときに、岡田菜美の作品に目が行きました。静けさにもかかわらず、ノスタルジックな密度の高い情緒とでもいうものが印象的でした。それは、かなりの大きさの横長の絵画で、公園のような風景の向こうに海が広がっていました。木々の影は青く染まり、長く伸びています。月明かりに照らされた地表の明るさと、青い影のコントラストが際立っていました。私は、この景色は現実なのだろうか、それとも記憶や夢の中の世界なのだろうかと思いました。
岡田菜美の作風は具象の風景です。世の中に具象の風景はいくらでもあります。しかし、彼女の作品はあきらかに他の人と違います。何が彼女の作品を特別なものに見せているのか、皆さんと考えてみたいと思います。それが、今回の展覧会を開く理由のひとつです。
皆さんにこの独⾃の青い世界を鑑賞し、楽しんでいただければ、幸甚です。
南條史生
Artist Profile
岡田 菜美 /
Nami Okada
1991年群馬県生まれ。2016 年多摩美術大学大学院絵画専攻 油画研究領域修了。東京を拠点に活動。
https://gallery-ug.com/artists/namiokada/
(近年の展覧会歴)
2022 個展『reflection』gallery UG Tennoz・東京
個展『one view』大丸京都店
『アートフェア東京』 東京国際フォーラム
『art stage OSAKA』堂島リバーフォーラム・大阪
2021 グループ展『laissez-faire』銀座蔦屋書店・東京
『VOLTA BASEL2021』Elsässerstrasse 215・スイス
2020 グループ展『laissez-faire』gallery UG Tennoz・東京
グループ展『雨のち晴レの日』ART colors Vol.33 パークホテル東京
グループ展『春風-spring has come-』ART colors Vol.32 パークホテル東京
『VOLTA NEW YORK』Metropolitan West・ニューヨーク・アメリカ
2019 グループ展『コンシン展Vol.1』gallery UG Bakurocho・東京
2018 個展『上書きされる前に』オークウッドレジデンス青山・東京